
近年、介護業界では重大なコンプライアンス違反によって行政処分を受ける施設が少なくありません。介護サービス事業は、公的な介護保険料や税金を財源として運営されており、民間企業以上に厳格な法令遵守が求められます。
万一、法令違反が起これば、介護報酬の減額や事業指定の取消しといった厳しい処分のみならず、利用者や職員からの信頼失墜にも直結します。こうした事態を防ぐには、違反が発生してから対処するのではなく、予防法務の視点で違反を未然に防ぐ取り組みが重要です。
以下では、介護・福祉施設の管理運営者が取り組むべき具体的な予防策として、職員研修の実施、内部通報制度の整備、労務管理やマニュアルの充実、弁護士の関与、そして行政当局のガイドラインに基づく対策について解説します。
このページの目次
1. 予防法務とコンプライアンス遵守の重要性
介護施設の運営には介護保険法、労働基準法、個人情報保護法、高齢者虐待防止法など多岐にわたる法律の遵守が不可欠です。法令や社内規程を守ることは利用者の安全と権利を守り、事業継続の基盤となります。実際に介護事業所では法令違反の未然防止に全社的に取り組むことで、社会的信用を獲得し事業所の発展にもつながるとされています。
すなわち、予防法務により日頃からコンプライアンス意識を高めて組織体制を整えることが、高品質なサービス提供とリスク低減の双方に寄与するのです。
2. 職員研修による倫理意識向上と事故防止
法令遵守の意識を全職員で共有し実践するには、定期的なコンプライアンス研修の実施が不可欠です。研修では介護保険法や労基法など関連法の基本、倫理規範、違反事例のケーススタディ等を扱い、職員が法的リスクを正しく理解し適切な対応行動を学びます。日々の業務上の課題や疑問に焦点を当てたテーマで研修を行うことで学習効果が高まり、研修を継続することで職員のコンプライアンス意識が社内に定着します。このような研修の積み重ねにより、職員一人ひとりの倫理観が向上し、不正や違反行為の発生抑止につながるのです。
3. 内部通報制度の整備と公益通報者保護法への対応
違法行為や不正の兆候を早期に発見し是正するには、内部通報(いわゆる内部告発)制度の整備が有効です。2022年施行の改正公益通報者保護法では、従業員数300人超の事業者に内部公益通報対応体制の整備が義務づけられ、300人以下でも努力義務が課されています。しかしながら、消費者庁が実施した「民間事業者等における内部通報制度の実態調査」の結果によると(令和6年4月公表分)、医療・福祉分野では義務対象であっても内部通報制度の導入率は約52.6%と全業種平均(91.5%)に比べ低水準に留まっているのが実情です。内部通報窓口を設置し周知することで、職員は不正を匿名で相談・報告でき、リスクの早期発見と是正対応が促進されます。通報者が不利益を被らないよう保護制度を整え、公正に問題対処する姿勢を示すことがコンプライアンス風土の醸成につながります。
4. 労務管理の徹底と再発防止マニュアルの整備
コンプライアンスは利用者対応のみならず職員の労務管理にも及びます。慢性的な人手不足により長時間労働や残業代未払い等の労働法規違反が生じないよう、勤務体制や労働条件を適正に管理することが重要です。例えば勤務シフトや休憩取得の管理、給与支払いの適正化など、労働基準法を守る労務管理体制を整備することは、職員の健康と権利を守り働きやすい職場づくりにつながります。さらに、万一事故や不正が発生した場合には、その原因を分析し再発防止策を講じることが不可欠です。事故報告の提出だけで終わらせず、組織全体で再発防止に取り組み、対策をマニュアル化して全職員に周知徹底する必要があります。コンプライアンスに関する社内マニュアルには関連法規や社内規則、職種ごとの業務基準を明記し、法改正や事例の教訓に応じて随時更新します。このような労務管理の徹底とマニュアル整備によって、違反の未然防止と再発防止の仕組みが職場に根付きます。
5. 法律専門家(弁護士)の関与による研修・指導とリスク管理
介護分野に明るい弁護士を顧問に迎えたり研修講師として招いたりすることも、予防法務を強化する上で効果的です。法律の専門家である弁護士が関与することで、事業所内では気付きにくい法的リスクや問題点を指摘・是正でき、より的確なコンプライアンス対応が可能となります。実際に、弁護士等の第三者による研修を受けることで「自分たちでは気付けなかった視点に気付くことができた」といった効果が報告されています。
弁護士は最新の法改正情報や判例に基づいたアドバイスを提供できるほか、内部通報窓口を外部委託する受け皿になったり、不正発覚時の調査対応をサポートしたりすることもできます。定期的な法律相談や外部監査の形で専門家の知見を取り入れることで、法的リスクの洗い出しと管理体制の強化が図れると考えられます。
6. 厚労省・自治体が示す再発防止策ガイドラインの活用
行政当局も業界団体等を通じて、介護施設の事故防止・違反防止のためのガイドラインや手引きを提示しています。例えば厚生労働省が特別養護老人ホーム向けに策定した「介護事故予防ガイドライン」では、事故発生時の対応として事故報告制度や苦情・相談体制の整備、そして事故原因の分析手法と再発防止策の検討・周知方法の確立が重要とされています。
また監査や指導の場でも、問題が発見された場合には原因究明と再発防止の徹底が求められ、施設から改善報告書の提出を求められるなど厳格なフォローが行われます。各都道府県も独自に事故防止マニュアルの作成支援や、虐待防止に関する研修資料の提供を行っており、事業者はこうした行政のガイドラインを積極的に活用すべきです。公的機関の示す標準やチェックリストに沿って体制整備を進めることで、自施設のコンプライアンス水準を客観的に高めることができます。
7. 継続的なコンプライアンス文化の醸成
コンプライアンス違反の防止は一度対策を講じて終わりではなく、継続的な取り組みが求められます。仮に小さな違反であってもその兆候を放置すれば将来的に大きな問題へ発展しかねないため、日頃から法令遵守を意識した運営と改善が欠かせません。経営陣が率先してコンプライアンス遵守の姿勢を示し、定期的な研修や内部監査、情報共有を回し続けることで、組織に「違反を起こさない文化」が根付きます。そうした健全な職場文化のもとでは、利用者にも質の高い安全なサービスを提供でき、結果として社会的信頼の向上と事業の安定につながります。法令違反のリスクが高まる現代だからこそ、予防法務を重視したコンプライアンス経営によって、利用者・職員双方が安心できる介護施設運営を実現していくことが肝要です。
事務所紹介
介護・福祉施設の運営において、コンプライアンスの遵守や不正防止は施設の信用と継続経営に直結する極めて重要な課題です。弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所では、介護報酬の不正請求やハラスメント、虐待問題、内部通報対応など、介護現場で起こり得るあらゆるリスクに対して、予防法務の視点から総合的にサポートしています。
社内研修の企画・講師派遣、コンプライアンス規程や通報体制の整備、法的リスクの洗い出しと改善提案、万が一の不祥事発覚時には第三者調査・被害者対応・広報支援まで、実績ある弁護士が実務に即したアドバイスを提供いたします。
施設運営の不安を未然に防ぐためにも、まずはお気軽にご相談ください。早期のご相談が、最悪の事態を回避する第一歩です。
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